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沖縄3日間の旅~2日目②~

国内

前回の備瀬のフクギ並木から

16:05
今帰仁城跡(なきじんじょうあと)
備瀬のフクギ並木からは、10分少々。
「いまきじん?」これを初めて見た時は、読めなかった。
沖縄本島北部にある歴史的なグスク(城)。かつて琉球が三つの勢力に分かれていた「三山時代」に、北山王の居城だった。

今帰仁城の最大の特徴は、万里の長城を彷彿とさせる波打つような城壁。
地形を巧みに利用し、美しい曲線を描く石垣は、防御のためだけでなく芸術的な美しさも兼ね備えている。

一人600円を支払って入城。

入って早速、ミケちゃんのお出迎え!
声を掛けると「ミャ~オ!」と返ってきた。
私たちには、「めんそーれ(ようこそ)!」と言っているように感じた。
この旧道を真っすぐ進んで行こう。

城郭の中心部に位置する広場。
ここで行事や儀式が行われていたと思うと、当時の活気が目に浮かぶ。
先程までの雨で、あちらこちらに水たまりが…

絶世の美女と謳われた志慶真乙樽を讃える歌碑。
今帰仁按司(あじ)への忠誠と深い愛情の物語は、訪れる人の心を打つ。

城内にある二つの大きな拝所(うたき)のうちの一つで、古くから今帰仁の守護神が降臨する聖域とされてきた。
切り立った断崖に位置し、静謐で厳かな空気感が漂うスピリチュアルなスポットだそう。

城主の側室や女官たちが暮らしたとされる「大奥」のような場所。
北側の東シナ海を一望できる絶景ポイントでありながら、神女たちが祈りを捧げた聖なる空間でもある。

今帰仁の守護神を祀る拝所。
現在も祈りを捧げる人が絶えない、静謐でスピリチュアルな空気が漂う大切な場所のようだ。
既に中で祈っている人たちがいる。

1749年に建立された、今帰仁城の歴史を今に伝える貴重な石碑。
薩摩侵攻後の監守(管理者)の系譜が記されており、琉球王国の動乱の歴史を物語る第一級の史料。

城主の家臣たちが住んでいたとされる、城内でも一段低い場所に広がる郭。
谷底に沿って積まれた曲線美豊かな石垣が、最も間近で見られるポイントでもある。

階段を下りると、上から見た景色とは違った印象で、建物はないものの、生活していたんだと感じられる。

発掘調査によって明らかになった今帰仁城主郭(大庭周辺)の変遷は、大きく分けて4つの時期に区分される。
単なる石垣の城というだけでなく、時代とともに建物の配置や役割が劇的に変化してきた様子が分かっている。

「カー(井戸・湧水)」と「ザフ(谷)」の名が示す通り、険しい地形で貴重な水源を確保していた場所。
城内の生活を支えた生命の源であり、自然の岩肌と緑が織りなす力強さを感じさせる。

16:35
今帰仁歴史文化センター
今帰仁城跡に隣接している。

入口に目を引くものがあるので、近づいてみると…
東日本大震災の際に遥か海を越えて漂着した「被災漁船」だった。
2011年3月11日の津波で行方不明になり、2018年5月27日、約7年ぶりに今帰仁村古宇利島沖の海上で発見されたとのこと。
「漁師にとって船は家族と同じ。よくぞ沖縄まで来た」
そんな持ち主の想いと、遠く離れた岩手と沖縄を繋いだ不思議な縁。
その物語を知ってからこの船を眺めると、ただの展示物ではない、人々の絆や復興への強い意志が伝わってくるようだ。

ももクロの高城れにさんが訪れた際のお写真が並んでいる。
実は、私たち二人はももクロが好きで、特にれにちゃん推し‼
静岡のエコパスタジアムでのコンサートも見に行った事がある。
地元の方々やファンにとっても大切な交流の足跡となっていて、温かい気持ちになる。
以前、スーパーでれにちゃんを見つけ、目が合ったので会釈すると、笑顔で会釈をし返してきたことがある。
それは嬉しくて、益々ファンになってしまうのであった!

つづく

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